EDGE Design

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気まぐれコラム カバー・プロフィール撮影パック
第一回:カメラというもの

カメラを通じて感じる「リアル」

写真はフィルム時代から。
学生の頃は知人の家に暗室が有り、自分で現像も行って、様々な作品をつくっていた。
その後、トイカメラやプレミアムコンパクト、もちろんデジタル一眼も、いろんなカメラに触れてきた。

男だし、メカメカしいものが好きなので、もちろんガジェットとしての魅力もあるけれど、
私にとってのカメラの魅力は、所有欲 < 撮影体験。

この精密機械から吐き出される、
「ある意味現実的」な画に触れることが好きである。

カメラを通して見る世界が、
眼で見るものとは少し違っていることも大きな魅力なのかもしれない。


人間の眼というのは、記憶による変換やフィルタリングが常に行われていて、
現実の像+記憶による補正が行われている。
例えば、
暗い部屋で物を見ても、自分の持ち物であれば何色かわかるし、青い服は青色に見える。しかし、実際には人間の眼というのは、ある程度光量が落ちた時には低感度モードに切り替わり、色を知覚する細胞はほとんど機能しない。
つまり、人間の目は暗い所ではモノクロである。
ほとんど真っ暗な空間で、自分の知らない薄緑の服を見た場合、薄緑と認識できる人間はほとんどいない。
他の例では、極端な光源の店でデニムを買ったら、思ったより色が薄かった(もしくはブラックデニムだった)なんて経験もあると思う。

ちゃんと見える(気がする)のは、記憶や思い込みによる補正の加わった像であることがほとんど。
人間は、記憶による色の合成や変換を行ってしまうので、しばしば現実とは違うモノを見ていることになる。

だから、見慣れた風景を写真に撮ると、はっとさせられる事も多い。

カメラは、記憶の補正なしに像を結ぶ。

当たり前だが、
カメラには感情や記憶によって左右される要素はない(設定や加工によるエフェクトを除けば)ので、
生々しいリアリティーがある。
その点において目で見るのとは別世界(現実)を知る体験にもなる。

そこにさらに、
カメラごとの個性も(レンズの個性も)もちろん存在する。
それをなんと表現すればいいのか、うまい言葉が見つからない。

様々な要素によって、単なる記録にとどまらず、
見る人の感性に訴える何かが付加されていく。


光の強さや被写体との位置関係、構図からも、
写真を鑑賞する人間は色々なイメージを連想(妄想も)する。
ハイになることも、ノスタルジックになることも、
官能を感じることだってあるだろう。
同じ写真でもある人はハイになり、別の人は感傷的になることもある。
写真は誰かに見せることで意外な反応を得られる場合もある。

カメラがあるから気づくことができる何か。

街をただ散歩している中で、
しゃがんで街を見あげるだろうか?
地面すれすれで、野良猫を見るだろうか?
道端の小さな花に気がつくだろうか?
カメラを持つと、感動を探したくなるし、四季の細かな変化にも気づくようにもなるだろう。

そんな「気付き」と自分の感情を一枚の写真の中に描きたいと思うことで、感性が研ぎ澄まされる感覚がある。

私はデザイナーを生業にしているし、撮影することも仕事である。

商業デザインという仕事はとてもロジカルだ。
コンセプトが有り、必要なイメージも様々なナレッジによって決まっていく。
何を描こう、何を撮ろうなんて迷うものではなく、
全体のコンセプトが決まった段階で必要な素材も導き出される。

だから、というわけじゃないけれど、時には頭を空っぽにして、新しい「発見」を味わいたくなる。

自分の周囲のいろんなものに気づき、感動することを忘れないために、
プライベートで(仕事とは違う)写真を撮ることは、とても大切な時間である。


Flickr of EDGE Design http://www.flickr.com/photos/edge_design/


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